2019年3月21日木曜日

suica連絡定期券


4月から就労移行支援を受けるため、毎日池袋に行くことが決まった田中。田中の家は京王線の南平にあり、南平から京王線で新宿に出て、新宿から山手線で池袋に行く。suicaを使ってその運賃は500円、一日1000円の交通費が田中の自費負担となる。それを抑えるにあたって田中は人生ではじめて定期券を購入することになった。

学生時代は東京にいたものの自転車で通学しており、大学以降はずっと地方都市で電車を使うことがなく、中年の発達障害者として東京に戻り、はじめて定期券をつくるのであった。定期券は1ヶ月17630円ということで18日以上通うとおとくになるわけである。

京王線はpasmoの会社で、suicaの会社ではない。しかし、経路の一部にsuicaの会社がある場合、suicaの会社の窓口でsuicaの定期券をつくることができる。これを「suica連絡定期券」という。ほんとうは田中は、3ヶ月の定期を買おうと思った。しかし、今年の5月の頭は改元のお祝いがあり、連休が長くなるとそのぶん定期が損になるため、4月だけの定期を使ってみてから、連休中に新しい定期をまたつくることにした。

定期券は、その期間と区間が当てはまれば、そのあいだは完全に乗り降り自由なのだと、定期券の検討をする段になって田中ははじめて知った。田中はすでに、就労移行支援より帰りの途中下車のほうをたのしみにしている。どこの駅でなんど降りてもいいのである。ぶらり途中下車の旅である。ああいう番組はいくら切符代がかかってるのか言ってみろ、とずっと思っていたが、定期券を持っている大人のための番組だったのだとわかった。

ところで田中は、地方都市で暮らした青年時代からsuicaを持っていた。ほとんど電車に乗らないのにsuicaを持っていた理由は、聖蹟桜ヶ丘の伯母さんにもらったからである。2014年12月20日、この日は東京駅ができて100年の記念日であり、そういうお祭りごとの好きな聖蹟桜ヶ丘の伯母さんは、朝から東京駅に出かけて記念suicaを28枚買い、ほうぼうに配ったのだった。

そんなにsuicaを配る「ほうぼう」が聖蹟桜ヶ丘の伯母さんに対してあるのかわからないが、メールにそう書いてあり、実際メールの数日後にsuicaが郵送されてきた。なぜ28枚かと聞けば、東京駅に電車が到着するホームが28あるからだという。実際に歩いて確かめたから間違いないそうだ。では、なぜそのなかの一枚が田中に届いたのか。これはずっと最近になって、聖蹟桜ヶ丘の伯母さんに会ったときに聞いたことだが、「だってあなた電車すきでしょう?」というのがその答えだった。

田中は自分が電車が好きかどうかわからない。たしかに子どもの頃は、ごく一般的な子どもなみに電車が好きだったような気がする。しかしそれから何十年も経過し、すっかり中年となり、何が好きかもよくわからず、発達障害だと言われる。

使えるのかどうかもわからず持ち歩いていたsuicaに、東京に引っ越してきてチャージし使い始めたらこれは便利である。切符を毎度買わなくてよいし、電車に乗ってから行き先を変えることができるのもありがたい。このsuicaに定期券のデータを乗っけることができるというので、田中はたいへんよろこんだ。

ところがみどりの窓口で聞くと、「このsuicaは定期券になりません」と言われた。suicaはみんなsuicaなのかと思っていたら、「ふつうのsuica」でないと定期券にはできないのだと言う。suica定期券をつくろうとおもったら新しいsuicaを作るしかないのだった。田中が持っているのは「記念suica」なので定期券にはならないし、suicaを2枚同じパスケースに持っていると、おかしなことになって改札を通れないという。

新しいsuicaをつくるので、古いsuicaにチャージした金を新しいsuicaにうつしてほしいと言ったら、それもできないのだった。東京駅のsuicaには374円はいってある。それはどうするのかと聞くと、それをもし返金するのならそのときは、記念suicaであってもカードは回収するのがルールであるという。カードをガラだけもっていることは、JRのルールではできないのだ。

一瞬、もう東京駅のカードなんかいらないかな、と思った。別に田中が東京駅の歴史をいつまでも絶えることなく保存する必要はないのではないか。もうカードを返却してしまえば、カードのデポジット代金の500円も返ってくる。聖蹟桜ヶ丘の伯母さんの500円がもらえる。カードはあくまでJRさんの所有物であり、聖蹟桜ヶ丘の伯母さんが500円のレンタル料金をJRさんに支払っているのだ。田中は聖蹟桜ヶ丘の伯母さんが借りたカードをもらったのだから、聖蹟桜ヶ丘の伯母さんが借りパクしたということだろう。

と言葉でいうのは簡単である。一度使い始めてしまったカードを、もう二度と手に入らないカードを、果たして手放してよいのだろうか。聖蹟桜ヶ丘の伯母さんも、もちろん田中だって死んでしまう。なのに東京駅のカードだけを残す理由はあるのだろうか。なぜか罪悪感が付きまとう。みどりの窓口のJRさんも「記念suicaを手放す人はフツーいませんからァ、家でとっておいたらいいじゃないですか」という。

記念suicaも定期券になるようにしたらいいじゃないか。記念suicaは記念品で誰も使わないものなのだろうか。ネットでsuicaの中身を空にする方法を調べたら、方法はいろいろあるが、言ってしまえばちょうどその額をきっかり使うしかないのである。たとえばコンビニで買い物をして「suicaを使い切って、残りを現金で払う」という方法が紹介されていた。

まあそれでいこうと朝、高幡不動のローソンに行き、から揚げ弁当を買い、
「suicaを使い切って、残りを現金で」
「え、それはできません」
田中は全額を現金で支払い、家に帰ってから揚げ弁当を食べ、そのまま一日田中は寝ていた。

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