2019年2月7日木曜日

自閉症とeyes(2)ポストモダンワイン、20年ぶりの「顔」

(前回はこちら)

3.2018年6月11日

山梨県で暮らしていた時、仕事上の必要があって、県特産品のワインを勉強していた。酒に弱く酒が好きでもない私はしかし、ワインの知的な佇まいには惹かれていた。中途半端に放り投げて東京都に引っ越してきたのはもったいなく、これからも勉強を続けていこうと思っている。

その知識体系の全貌が文理の境界に位置するという点を特に私は愛していたが、ただ一方であまりにモダンな知識のあり方には疑問が多かったのも事実だ。ワインが好きな人やワインの専門家には、モダニズムの信奉者があまりにも多い。

世界共通のワイン専門家の称号にMW(マスターオブワイン)という資格がある。その中でも広く知られた人物のひとりにジェイミーグッド氏がいる。日本のワインファンの間で彼は特に『新しいワインの科学』という著書で知られる。ブドウ栽培とワイン醸造の実際をサイエンスとつき合わせて理論的に語るこの本は、ワインサイエンスの基礎を全ておさえている教科書のような本だ。

しかし、そのジェイミーグッドの邦訳最新書『ワインの味の科学』の評判は、私の周りのワイン関係者の間ではあまりよくなかった。ある人いわく「ブログ書いてるみたい。ちょっと気になることを書いて、次に移るための話題をウィキペディアで探して、またちょっとウケがいい話を書いて、次の話題をネットでさがして、みたいな」。

そう言われるとそんな感じもするし、『新しいワインの科学』と比べると、ワイン以外の話が多いのは事実だろう。けれども私は、この本を読んで「救われた」という気持ちが強かった。


たとえばワインのテイスティングは、暗記科目みたいな仕事である。この赤ワインは「黒い味」がするか「赤い味」がするかには必ず正解が存在する。土のような香りがするもの、生木の感覚があるもの、などを探して、これはエイジングポテンシャルが高いです、などという。

そんななかでひとり「なんかコフキイモみたいな味がしませんか」と型にはまっていない奇妙な発言があると、みなさん心中で「はい?(笑)」と言いながら黙っている。

そしてまた「これはうーん、シュガーハニートーストですね」と、特殊ながらもまさしくビンゴなタトエがどこかから出ると、みなさん「くっそ負けたわ」と心中を煮えたぎらせて、やはり黙っている。

そんな近代という時代の遺産のようなスノッブの応酬。それがワインテイスティングなのだということがわかってから、私は果たしてこんな無駄なことをして残りの人生を生きていくのだろうか、と本気で悩んでいた。

その悩みは直後の数ヶ月で、全く別の側面からなぎ倒されるように状況が変化して、私はいま無職のおじさんになっている。その土砂崩れ自体についてはこれからなんどもなんども書いていかなくてはならないが、きょうはその話はとりあえずいいのだ。

あとですぐにつながってくるから。

ジェイミーグッド『ワインの味の科学』は、ワインを飲むときに聴く音楽ぐらいでワインの味は変わるし、従来のワインテイスティングのように個別の風味要素を取り出すことに重きを置かず、味の全体性を捉えたいと主張した。また味というものが「間主観的」に立ち上がるはずだと言い切ったことは、この本にこれ以上ない価値を与えている。

味が「間主観的」であるとはどういうことか。それは「味に答えなんてもんがあるはずがない」ということである。Aさんは「赤い果実、またコーヒー」を感じたが、Bさんは「腐葉土のような」と言い、Cさんは「こふきいも」であるとしたときに、どれが正解でどれが不正解ということはなく、みんなでそうやって意見を出し合って飲んだこの一本はおいしいね、とそこが大切でしょうよと。

ようやくワインの世界にもこういうことを言う人が出てきたのだなと、私はほっとした気分だったのだ。

いま私の手元にはこの本はなくなってしまった。同じ職場で同じ業務を担当していた新卒のたくまくんと山梨県甲府市のワインバーで仕事終わりに2人で飲んでいたとき、ワインの世界にやはり同じような息苦しさを感じているのがわかったので、そのとき読み終えたばかりでカバンに入っていた本を、そのままあげてしまった。この記事を書こうと思って近所の図書館など検索をかけたがどこも所蔵していなかった。

だから以下は(というか以上も)完全に記憶を頼りに当てずっぽうで書いているのだが、この『ワインの味の科学』という本のなかに、どういう文脈かわすれてしまったのだが、
「画像認知」の話が出てくるのだった。

たとえば「不気味の谷」の話。かわいらしい絵(アニメ)をどんどんリアリズム化していくと、ホンモノの写真(ビデオ)の直前に、「不気味の谷」といわれるココロの空洞が強調された人形のような図像があらわれるという話。

そして前回の記事で、思わず20年以上も前の自分で書いたブログ記事を、インターネットの粗大ゴミ置き場のような場所に行って拾ってきた、そこに書いてあった「人間は逆三角形にならんだ3つの点を見ると、それを顔と認識する」という話。

こんなおもしろいはなしもあったなあと拾ってみて、あれ?この話ジェイミーグッドにも出てきてたよな、と思い出したのだったんである。

より記憶に正確に書くならば、本のその部分ではウタフリスという心理学者が登場していた。彼は自閉症を専門にする心理学者で、そのウタフリスによれば、自閉症の患者は3つの点を顔に感じることができない、また三角形がぐるぐる回転しているアニメに健常者は
「ダンスをしている」といった認識をもつが、自閉症の患者は三角形がまわっているだけという認識しかできない、といった話が書かれていたでしょう?


画像をクリックすれば、ウタフリス先生のホームページにとぶ。『ワインの味の科学』を読んでいた2018年の時点で、ウタフリスのホームページにはこの静止画だけが残っていて、この三角形が動くアニメーションはそれがあった場所の痕跡だけが残り、いまでは動いている様子をみることはできない。(ということを読書の当時にも私は確認している)。

『ワインの味の科学』という本で、こうした話題がどう扱われていたのかを、私はほんとうに忘れてしまった。だから私が思うようにここに書いておくならば、ワインの味に「正解」がないように、人間の感じ方にも「正解」はないのではないか。

まわる三角形のペアを、親子があるいはカップルがダンスしていると捉える人がいれば、ちっちゃい三角形がなんかくるくるしとるわえと言う人もいる。クルマのヘッドライトとナンバープレートを動物の顔と見る人がいれば、クルマはクルマですよねという人もいる。ちょーリアルな人間の絵をみて、リアルだなあという人がいれば、なんか不気味だがねという人もいますと。

それのどちらかが健常で、どちらかが病気というのはどうなのか。なんで「赤い味」が正解で「黒い味」は不正解なのかと、そういう話なのではないかなあと、そういうことでありましょう。

といったことを記事にしようと思って書いていたら、ウタフリスの読みやすそうな本を近所の図書館で見つけて読み始めたので、次はその話を書こうと思っているところで。とりあえずおしまいです。

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