以下は『精神看護学概論 精神保健』(メヂカルフレンド社)で勉強したことの報告だが、これによればストレスは「ユーストレス」と「ディストレス」に分けられる。「ユーストレス」とは「最適な生産性をもたらすストレス刺激」であり、「適度なストレス刺激は生産性を上げる」のだが、これが過ぎると「効率を低下させるような過剰なストレス刺激」すなわち「ディストレス」となる。
このあらすじは「集中」と「過集中」の論理に相似しており、言い換えの妥当性の担保となるものである。
ストレスを解消しようとするときに、やはりリラックスリラックスと言いたくなるのだが、それは過集中がリラックスリラックスでどうにもならないのとやはり同じである。ストレスに対置される語はリラックスではなく、「コーピング」なのだということはきちんとおさえておくべきだろう。コーピングは「ストレスフルな状況を処理しようとする努力を意味する」。
「問題解決型コーピング」はストレスの原因に直接働きかけることで、情報収集→解決、計画立案、カタルシス(愚痴をこぼす)、といったものがある。もうひとつのコーピングは「情動焦点型コーピング」と言われ、ストレスの原因に対する見方を変える方法だ。楽観的に考える、あきらめる、逃げ出す、無理にでも忘れる、気晴らしをするといったことがある。
このコーピングに関して、田中が通っている就労移行訓練では、「ちがう場をもっておく」ということを習った。家庭でストレスがある。あるいは職場でストレスがある。という時に、ちがう場があれば場の論理が変わるからストレスにちがう見方があらわれるのだという。あるいはもっと単純にいえば「愚痴れる場所を担保しておく」というわけだ。が、これはコミュニケーションがうまい人の話なのではないか。
田中は前職に対する「ちがう場」として地域の読書会というやつに参加していた。まさしく「ちがう場」がほしかったからそこに行っていたのだが、あそこでうまいことおしゃべりするということが苦痛で苦痛でしかたなかった。東京都日野市南平という都市に出てくると、読書会なんて山のように開催されている。しかし田中はもう読書会なんて行かない。読書はひとりでするものだ。
職業訓練を受けるなか、どんどん強くなってくる思いがある。一人で生きていけたらこんな苦労をして訓練をすることなんかないのにな、ということだ。しかしそれはmoneyを得ようとしたとき無理なのである。moneyは田中が印刷してもおもちゃにしかならないからだ。moneyは誰かが田中にくれるのであり、田中はmoneyをくれる人の言うことを聞かなくてはならない。めんどくせえな。と思いながら今週はおもちゃのお金を間違わずに数える訓練をやっている。きょうは一日で43件の小口現金払い出しをやった。疲れた。
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