2019年1月17日木曜日

うち出でてはみない



山梨県には6年暮らしました。住みはじめた頃はじめて習ったこと、それは「山梨ケンミンは家の中でも方角を使う」ということ、<家の「東」に置いた茶碗>とか言うのだということ、それは山梨県にとって常に富士山が南の方角だからだ、ということでしたが、その話を聞いて以来一度も、そんな方角の使い方をする人には出会いませんでした。しかし、富士山はいつも視界にあり、視界に入るたびに「富士山は南」という知識だけが、カラカラと音をたてて回っていました。さようなら。

田子の浦ゆうち出でてみれば真白にそ富士の高嶺に雪は降りける  山部赤人

用事があって前居住地としての山梨県に来たのですが、その用事を済ませたらクルマを飛ばして、静岡県の太平洋岸までやってきました。とはいえ道路標識とカーナビの画面で海を見ただけで実際には見ておらず、ただ静岡県富士市役所近くのこのあたりは、「田子の浦」なのだと知ってすぐに、万葉集を口ずさみました。

富士山麓を飛ばし湖の水面を見てきましたが、富士山も見ていません。田子の浦近くの、きょうの目的地でクルマを止めて外に出ましたが、やはり富士山は見えませんでした。田子の浦という海に船で漕ぎ出でて、その船の上から富士山をみたイメージをこれまでずっともっていました。調べてみると、田子の浦「ゆ」の「ゆ」は「経由」という意味で、ここ田子の浦という海岸を経由して、ちょっと離れたどっかまで歩いていき、視界が開けたとこから富士山を見ました、といううたのようで、船に乗らないどころか、田子の浦はただ通り過ぎただけ、なのだそうです。

「くれたけイン富士山」というビジネスホテルに宿泊すること、がわたしのきょうの目的です。るるぶトラベルでビジネスホテルを「安い順」にならべて、大浴場と朝食バイキングで絞り込み検索をかけて、不思議な名前、と思って、その名前をカーナビに打ち込んで、カーナビの言うとおりに「くれたけイン富士山」にやってきました。


もっと富士山に近い場所、たとえば御殿場ならある程度の土地勘があるのですが、富士市という場所はほとんど何も知らない場所です。しかし、わたしは富士市に来たのではなく、ビジネスホテルに来たので、チェックインをしたら外には出ません。ホテルの駐車場に止めた車、そのすぐ隣には名古屋の手羽先の店がありましたけれども、夕食はいつもどおりアメリカからピザを配達してもらいました。

ビジネスホテルに泊まり、大浴場に入って、朝食バイキングを食べる。これはわたしの趣味です。もっと若いころは、自分の趣味は旅行だ、という思いがもっと強かったのですが、さいきんは旅行ではなくビジネスホテルがわたしの趣味なのだと、強く意識するようになりました。ビジネスホテルの部屋にはどこでも大差はなく、その微差を批評する気もありません。ただビジネスホテルに泊まることがなぜか好きなのです。それはオカシイことなのかなあと思っているうちに、メディアのなかの有名人に、同じ趣味を語る人を見つけるようになりました。

たとえば先日読んだ本でも、「ニート代表」的立ち位置のブロガーpha(ふぁ)、がやはり、ホテルにただ泊まることを趣味にしている話を書いていて、思った通りの記述にはなんどもうなづいたのでした。また、けさスマホに流れてきた芸能ニュースを見て、彼もその仲間だったと思い出しました。


星野源がハマ・オカモトと仲良しであることは、星野源のファンなら誰でもよく知っていることです。正月に二人で旅行をしたという話を、星野源がオールナイトニッポンで話したらしいのですが、よくよく聞けばこの話、二人で旅行をしようというふうに計画が動き出したわけではなく、ホテルのスイートルームを予約して、さあ泊まろうという段になって「ハマくんを誘おう」ということになったようなのでした。

これを読んでわたしが思い出したのは、NHKのコント番組「LIFE」でもう何年前だったでしょう、星野源がリフレッシュ方法を紹介するコーナーみたいなのがあり、そこで彼がホテルにただ泊まるのが趣味だ、という話をしていたことです。ホテルの部屋風呂の浴槽にもぐるのが好きで、お湯から顔を出した瞬間の自分の表情を写真に撮り、その写真をハマ・オカモトに送りつける、という話をしていたのでした。

わたしは星野源の音楽と文章が好きですし、phaの書くものもとても好きです。このように私が彼らを好きなのは、別にそれを最初に意識したわけではないのですが、わたしも含めた彼らが全員、自閉症的(あるいは発達障害的)感性をもっているからだろう、と思っています。自閉症的な彼ら(わたしたち)はなぜ、ビジネスホテルに泊まるのが好きなのか、これはきっとどうにか説明ができるはずだと、ホテルのベッドに横になり考えていました。

正解かどうかわかりませんが、現時点でのわたしの答案、それは、「引きこもる」ことで安心する自閉傾向と、「衝動的計画性」というADHD的特性が、ちょうどよいバランスで組み合わさる交差点に、「ビジネスホテルにただ泊まる趣味」というものがあるような、そんな気がしています。きょうは山梨県にまた戻り、今夜も別のビジネスホテルに泊まる予定です。

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