2022年3月25日
きのうのうちに、実家の近所のタクシー会社を予約し、また「寿司が食べたい」という母のために新宿の小田急地下で寿司を買って、夜中に実家に着いていた。8時にはタクシーに乗り、病院に行く。タクシーの運転手が、近所の細い道の途中で、「こんなとこでこんな時間にやるかね?」と、どうやら駐車違反の切符を切られている人を見つけた。切符を切っているのは警官ではなく、区に委託された目印の蛍光色のベストを着た老人だった。老人の朝は早い。
病院で行う検査は、「リハビリテーション科」「臨床心理検査」という名で予約されていた。臨床心理検査、という言葉をネットで調べると、認知症の記事よりも、発達障害に関するもののほうが多くヒットし、かつて自分が受けた「臨床心理検査」の内容が書いてあった。あの時とだいたい同じことをするらしい。と理解はした上で、では自分の時はどうだったのかといえば、覚えていない。なんとなく精神病院の部屋の雰囲気と、箱庭を使ってお人形さんごっこみたいなことをやらされた、ぼんやりとした記憶だけだった。
母は、自分が認知症という自覚はなく、これが認知症に関わる検査であるという自覚もないが、アタマに関する検査であることは了解しており、さいきんなんとなくアタマがおかしいという自覚はあるようなのだった。「検査をして、薬を決めてもらって、飲みたい」と言っている。そういう自覚があるのなら、あえて認知症という言葉を出さずとも、それでやって行けば良いのだ、と思った。検査はクローズで、私も見ることはできなかった。検査を終えて帰ってきた母に、どうだった?と聞くと、首をひねるジェスチュアをするだけで、なにも話さなかった。
私は私で、単独で部屋に呼ばれ、どのような経緯で今回の検査に至っているかを、またイチから説明した。ヒアリングをするナースは、とりたてて反応をすることなく、ひたすらメモをとっていた。母の検査結果の詳しいところは来週主治医より説明があるが、いちおうの説明としては、「よく転ぶ」という本人の主訴、腕の動きが悪いという身体面の結果、生活面については全て自分で行っているが、高次脳機能に障害がある、これが認知症であるのかどうかは、先生から聞いてください、というまあ順当な話だった。「病名がついていないので、きょうのところはこれを、高次脳機能障害と呼びます」と言うナースの言い方を記憶している。
家に帰って、買っておいた寿司を食べる。また、日野の我が家から担いできた炊飯器を、実家の壊れた炊飯器と交換し、使い方を説明した。先日、炊飯器の中で、メシのかたまりが、お湯の中に浮いているのを見つけたときはびっくりした。母に聞くと「ごはんを炊いているのよ」とあたりまえのように言う。炊飯器のスイッチは入っておらず、ボタンを押しても反応なしで、壊れていた。炊けているごはんを買ってきて、炊飯器の釜にぶち込んでおき、ときどきお湯を足して食べている?話を総合すると、そういうことになるようなのだが、いったいいつからそんなことになっていたのか不明であるのが、恐ろしい。母の手をかけてはいけない、と母の作る食事を食べたいと要求することもなくなっていた。今度からは、無理にでも作らせて、食べなくてはいけない。
午後、地域包括支援センターに出向く。午前中の病院で、書類を書いてもらう確約が得られたので、その結果を持っていくと、介護保険の申請の書類を記入しながら、介護保険の説明を受ける。今後、母の自宅に区から調査員が行って、介護保険の認定がその結果によってなされる。が、おそらく私の話を総合すると、母が「要介護」に認定される可能性は低く、「要支援」であるか、もしくは「非該当」の可能性も結構あるという。そんなに認知症の山は高いのかと驚く。
ネットで読んだ、介護保険のサービスを使いたいのに「非該当」になってしまったという話、を地域包括支援センターにすると、非該当なら非該当で、「一般介護予防事業」という仕組みを使えば、介護保険と同じように、福祉サービスを1割負担で利用できる、という話で安心した。どういう福祉を使うかはこれから考えていくとして、親子が離れて暮らしているのだから余計、週一回なにかの福祉を使うことで、見てもらうというのは重要、という地域包括支援センターの言葉は、私の考えと全く同じで、ほんとうによかった。認定調査の日程調整は、区から私のところに連絡があるはずだが、その連絡があったら地域包括支援センターにも連絡してほしい、とのこと。そうしたら当日は地域包括支援センターも同席してくれて、調査の後直接本人にサービスのおすすめをやってくれるという。
その帰り道、よろず相談所にも立ち寄る。病院の検査に間に合うように、きのう電話をくれて、これまでの見守りの履歴を教えてくれる、という約束だったのに、きのう電話がなかったため、こちらもアポも取らずに突撃する。よろず相談所には区の看板がついていたが、プレハブ小屋だった。引き戸をあけ玄関先で挨拶をすると、「声で思い出した」と先日の女の声が叫んだ。きのうお電話を頂戴できるという話だったんですが、と紳士的にお尋ねすると、さいきん晴れたり雨が降ったりという話から、駅前のスーパーの話、公園で遊んでいる子供の話、きょうは学校は終業式です、などのよろず相談をされ、話をはぐらかしてまーす、という調子で、話をはぐらかされた。
母には介護保険のサービスを利用することになりそうだ、という話をよろず相談所にすると、よろず相談所は「そういえば、まだお熱を測っていただいてなかったですよね」と私の額に体温計をあて、その結果は38.6度で、「きょうは晴れてますからねえ」とよろず相談所は言い、なんどもなんども私の体温を測定するが、何時までたっても体温は38度を超えていて、ざまあ、と私は思ったが、よろず相談所は「訪問者の体温」という帳面を取り出し私に記名させると、その体温の欄に「36.2」と記載して、帳面をしまった。
私の体温はどうでもいいので、介護保険の話を強引に続けると、よろず相談所はとつぜん「非該当ですよう!あなたのお母さんは非該当!私は反対よ!ヘルパーなんてまだ早い!」と叫んだので、おどろいた。そこで私は、またイチから母の様子がおかしいと気づいた時からの話をするが、「そんなことありませんよ!」とよろず相談所はなぜか強気である。「じゃあ、オタクはウチの母の何を見たんです!」といよいよこちらもヒートアップよろず相談所。
すると、よろず相談所は言った。「こないだお母さまを訪問したのは、去年の秋!電話の調子がおかしいから見て欲しいと言われて、お宅に上がらしてもらいました!新鮮なおみかんを買ってらっしゃいますぅ!ちゃんと!電話はアタシよくわからないので、NTTさんにつなぎましたぁ!ええ!つなぎましたッ!なにか回線の調子がよくなかったらしくて、電話線の部品を交換してもらったんです!」という。いや、母はそのころから急激に難聴になり、だから私は音量調節のできる新しい電話機を買い、難聴者用の電話拡声器を付けたのだが、そんな話をよろず相談所にしても通じなさそうだったので、その話はしなかった。「だいじょうぶ!新鮮なおみかんを買ってらっしゃいますぅ!ちゃんと!」と新鮮なおみかんの話を、よろず相談所は3回繰り返した。
よろず相談所も区の施設なので、介護保険を使うようになると、ケアプランの会議なんかで顔を出すことになるらしい。げーと思った。認定調査の日も立ち会いたい、とよろず相談所も言ってきたので、丁重にお断りした。しかし、よろず相談所の主張でなるほどと思ったのは、「介護サービスを入れることで、外にでなくていい環境をつくってしまうと、逆効果ですョ!」という話で、それはたしかにそうである。よろず相談所主催の、老人体操教室のパンフレットをもらって、帰宅する。
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